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町行政は住民の声を聞く必要がある。当たり前のことです。

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この「ちょう」という字は「屋根・建物」を表す「まだれ」の下に「聴く」という構造です。訓読みでは「やくしょ」と読みます。以前は「県庁」も「県廰」とこの字を使っていました。つまり役所とはもともと「聴く場所」だということですね。

そこで新しい漢字を作ってみました。

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「廰」の字から「まだれ」を外して「くにがまえ」に入れました。つまり「聴く」の周りにバリアーを張ったかたちです。つまり「聴かない」「聴くことを拒む」状態を表してみたものです。

なぜこんな字を作ってみたのかと言いますと、今の町がこの状態になっているように思えるからです。

「広聴」という言葉があります。辞書では「行政機関などが、広く一般の人の意見や要望などを聞くこと。」とされていますが、シンクタンク神奈川はその調査研究の中で「住民の声を集め、住民の声の真意を探るため の分析をしたうえで、政策に反映する。」と定義しています。

つまり広聴には「①住民の声を集め」「②真意を探るための分析をして」「③政策に反映する」3段階があるということです。

この大切な「広聴」を大津町はきちんと果たせているのか。

年1回の「まちづくりアンケート」や「○○審議会、△△協議会」、ごく稀に申し訳程度に行われる「パブリックコメント」などがそれにあたるとすればあまりにも不足しているといわざるを得ません。

 

町行政には、ある業務をどの部署が行うかを定める事務分掌という仕組みがあります。この事務分掌に「広聴」という業務は定められていません。近隣市町の事務分掌にはきちんと「広聴」が位置づけられています。

まずは「広聴」が町の大切な仕事であることを認識することが必要ではないでしょうか。

 

またまた、長く放置してしまいました。申し訳ありません。

会報誌「協働の足音 Vol.8」を掲載します。

今回の内容は、

1ページ(表紙) 2015年の地域課題
2ページ 公立幼稚園の役割を考える
3ページ
4ページ まちづくり計画は町民が主役

となっています。

2-3Pの公立幼稚園の問題は、子ども子育て支援新制度に移行することが、なぜ公立幼稚園の利用者負担(保育料)の増額につながってしまうのか、本当にそれでいいのか、について詳しく考えを述べています。

110 協働の足音Vol.8

また、1Pの「2015年の地域課題」で触れている、「訪問・通所介護サービスの地域移管」については、次回記事で詳しく述べたいと思います。

公立幼稚園、大津町の場合は2つの町立幼稚園ですが、その役割とは何か? このことを問い直す必要があります。
背景は「子ども子育て支援新制度」(以下、新制度)で幼稚園の保育料の利用者負担の考え方が変わるということにあります。

 まず、新制度下で、幼稚園の形態がどう変わるのか。

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新制度下に入る 認定こども園になる
(教育・保育施設)
幼保連携型認定こども園
幼稚園型認定こども園
幼稚園のまま(教育施設) 幼稚園
新制度に入らない 幼稚園のまま(教育施設) 幼稚園

上の図は、新制度に対応する教育・保育施設の形態を示しています。このうち現在の幼稚園が取りうる四つの選択肢をまとめると表のようになります。

 ①~③のように、新制度下に入るということは大きく2つの意味をもちます。ひとつは「施設型給付」を受けるということ、もうひとつは利用者の負担が応能負担(所得に応じた負担)になるということです。

【施設型給付】

 教育・保育施設に対し、国(内閣総理大臣)が定める基準により算定した額(公定価格)から利用者負担額を差し引いた額を支払うものです。
 制度ではこの給付は保護者に対するものですが、幼稚園の保育料として支払われるものなので実際には直接、施設に代理受領という形で支払われます。

 【応能負担】

 新制度下の私立幼稚園の利用者負担額について、国は下表のように所得に応じた5段階で上限額を定めています。また、この上限額をもとに市町村は私立幼稚園の保育料を定めることになります。(国の定める保育料水準より町が保育料を低く定めた場合、その差額は町が負担することになります。)

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  現在、私立幼稚園の運営のための経費は下のイメージ図のような構成となっています。基本は利用者負担と私学助成金ですが、その利用者負担を所得の段階に応じて、就園奨励費(国・町負担)という形で保護者に補助しているのですが、これは実質的な応能負担とも言えます。この就園奨励費にあたる部分を保護者ではなく、幼稚園に対して直接(代理)給付することになるわけです。つまり実質的には現状でも応能負担となっているということです。

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 ここからが町立幼稚園の問題になります。

まず、現在の大津町の町立・私立幼稚園の保育料をみてみます。 

保育料 給食費
町立 5,500円 3,700円
私立 22,000~23,000円(給食費含む)

町立は私立より低い設定になっています。ではこの差額は誰が負担しているのか。

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公立保育園には私立保育園のように私学助成金はありません。またもともとの利用者負担額が低いこともあり減免措置の対象はごくわずかです。その利用者負担を除く部分のほとんどを町が負担していることになります。

では、新制度の下で、大津町の町立幼稚園はどうなるのか。

記事冒頭の表の4つの選択肢の中では③の「新制度下での幼稚園」ということになります。国が新制度を進める以上、町の幼稚園がその制度を離れるわけにはいかないという事情、また認定こども園になるには施設の拡張や人員の充実などの新たな対応が必要になることがその理由です。

しかし町立幼稚園の運営費に対する国・県の補助はほとんどなく、新制度下でもそれは変わりません。今後も利用者負担と町負担で運営されるということになります。それでも利用者負担が「応能負担」になることは避けられません。

では利用者負担額はどうなるのか、国の説明は、

公立の幼稚園や保育所の利用者負担額については、現行の徴収額、公立施設の役割、意義、幼保・公私間のバランス、激変緩和の必要性等を考慮の上、最終的には市町村が判断すべきものです。設定に当たり、必ずしも国が定める所得階層区分どおりの区分とする必要はありませんが、国が定める上限は公私共通の基準となるため、それぞれの階層区分ごとに、国の定める基準の範囲内で設定されていることが必要になります。

ということですので、結論としては、国が定めた上限額水準の範囲内で市町村が決める、ということです。

それを決めるためには、現行の徴収額、公立施設の役割、意義、幼保・公私間のバランス、激変緩和の必要性等を考慮することが重要な意味を持ちます。ここで町立幼稚園の役割や意義を改めて問い直す必要が出てくることになります。

まず、現在の町立幼稚園の負担額は私立よりかなり低く設定されています。これには保育時間や長期休暇中の保育など、保育を提供する時間等の「量」の違いはありますが、それ以上に「就学前教育の機会を広く提供する」ということがあります。これには二つの見方があります。ひとつは負担額を低く抑えることによる機会の拡大、もうひとつは公教育としての教育内容の提供ということです。

負担額の問題は新制度で保育料が応能負担になれば対応できそうに思えますが、実際には保育料以外に実費として徴収される、例えば園服(制服)や教材・教具などの代金は私立のほうがどうしても高価になってしまうため、必ずしも「応能」とは言い切れない、つまり保育料以外の負担は応能ではないということです。

教育内容の問題では、私立の幼稚園・小中高校・大学も学校は特色を持った教育を提供します。宗教系の学校では「道徳」の代わりに「宗教」を取り入れることも認められていますし、そうでなくとも英語・音楽・スポーツ教育などを前面に出しているところもあります。そうした運営者が用意する特徴的なものではなく、公教育としての標準的・普遍的な教育内容というものを提供する選択肢も必要です。

 公的サービスと民間サービスの内容や質は当然違うものです。そして就学前教育の廉価性・標準性は、なによりも就学前教育の機会の「保障」に大きな役割を果たしている、ここに公立幼稚園の意義があると考えます。国が言う「幼保・公私間のバランス」もこれを踏まえて考えなければなりません。

 もう一つ、幼稚園が新制度下に入ることで町の支出が増えることになるのか、もしそうであれば一定の利用者負担の増加は考えなければならないことは当然です。しかし制度の仕組みとして支出が増えることはありません。町の支出を減らすことを目的とした保育料の値上げは就学前教育の機会を狭めることになり選択すべき方法ではありません。

 現在、町はいろいろな教育・保育サービスの利用料を決めようとしています。いずれのサービスにおいても、本来の目的やそのサービスの役割・意義を踏まえた判断を求めたいと思います。

 

 

 

 

 

今日、安倍内閣は「集団的自衛権の行使を容認する」という憲法解釈を閣議決定しました。

今年は戦後69年ですが、これで「戦前1年」ということになってしまったようです。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

この憲法前文が求める日本のあるべき姿はどこに行ってしまうのでしょう。

ここ数日、海外で難民支援を行うNGO「ペシャワール会」の中村氏のコメントが報道されています。「自衛隊がNGOの活動地域に来たら、自分たちは撤退しなければならない。現地で日本が憎しみを買えば、自分たちの命が危ない」。

日本が国際社会において名誉ある地位を占めるために必要なことは、他国に追随して兵力を送り出すことではなく、こうした公正と信義を示し続ける人たちを支援することではないでしょうか。

6月議会が終わりました。

今回は3つの項目を報告たいと思いますが、まずその第1弾です。

pin010_350 大津保育園の分園(定員20人)を、児童館に設置

3月の議会で大きくとりあげられた待機児童問題、町は、早急に何らかの緊急対策を検討すると約束していました。

その対策として今回示されたのが、大津保育園の分園を設置するというものでした。定員は20人で、これで待機児童が0になるわけではありませんが、短期間に検討と準備をされたことは評価したいと思います。

概要としては

○時期(予定) 今年10月~
○場所     人権啓発福祉センター(児童館)
○定員     20人 (1~2歳児を予定)
○開設費用   建物改修 650万円 備品等購入 約512万円

というものです。

これはこれで大変喜ばしいことなのですが、それでも問題は残ります。

 

一つは、運営費の問題です。

民間保育所の運営費は下の図のような負担構造になっています。

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②の「国が定める費用負担割合」を見ると、①の「国が定める(必要と考える)運営費」のうち、国が定める保育料(=B)で負担される分を除くと、そのうち町が負担するのはその4分の1となっています。

しかし、実際には、保育料には大抵、軽減措置があり、また国が必要と考える運営費で不足する部分を補う、つまり③が実際の負担構造です。いずれにせよ民営保育所に対しては、国・県が基本額の4分の3を負担するということになっています。

しかし、これが町立となると話は変わってきて、国・県の負担はなく、その分を町が負担することになります。③で言えば、「町が定める保育料=C」以外はすべて町の負担となるのです。

今回の町立保育園分園という方式においても、同様に町は大きな負担を負うことになります。

質疑では、この費用負担を考えたとき、「民間保育所」での運営は出来なかったのかと確認しました。分園設置には、公設公営(町が設置・町が運営)の他に、民設民営(民間保育所が設置・民間運営)、公設民営(町が設置・民間に委託)の方法があったはずで、最も町にとって費用負担の大きい今回の形になったのには、その前段に、既存の民間保育所に分園設置を打診したはずで、それを断られたからこそ今回の選択となったはずだからです。

さらに言えば、分園方式の他にも、町の費用負担を抑えることができる、小規模保育所やグループ型家庭的保育などの他の選択肢もあったはずです。

今回は、緊急の施策ということでしたが、待機児童問題はずっと以前からの、そして今後もまだまだ取り組み続けなければならない問題です。

もっとよい方法はないのか、様々な選択肢を考え続けなければなりません。

 

 

2014年を迎えました。今年が皆様にとってよい年でありますよう願っております。
また今年も応援とご指導をお願い申し上げます。

昨年3月より町議会議員としての活動を始め、多くの方から議員の構成が大きく変わったことで町政が変わっていくことに対する期待の言葉を聞きます。また、その一方、これまでどおりの「おまかせ民主主義」でもなんとかなると言われる方も少なからずおられます。

「おまかせ民主主義」とは、政治を代表者にまかせたままで、政策のチェックや代表者の監視をせず、行政サービスを受け取るだけという姿勢のことですが、この背景には政治不信や、住民の声を聞かず一方的に進められる政策への不満・無力感があります。もちろんそれで住民が一定の満足を得ていた時代もあったのかもしれません。しかし、現在のように行政ニーズが多様化し効率的な行政資源の配分が求められる中ではそれはもう通用しません。

住民の意思・要求を的確に行政に反映させていくには「脱・おまかせ民主主義」が必要です。
なにもプラカードを掲げてデモをやるということではありません。政策決定のプロセスに住民が参加できる仕組みを作ること、「協働」を形にすることが求められているのです。

私はこの「協働」を成立させるために昨年度は「情報公開」の徹底を町に訴えてきました。公正で徹底した情報公開が協働の前提になると考えているからです。

次年度は次期振興総合計画の策定に向けた準備が始まると考えられます。この先10年間の大津町の在り方を方向づける重要な時期に入ります。この計画の策定により多くの住民が参画できるような仕組みを提案して行きたいと思います。
今年が大津町の「協働」にとって、新たに踏み出す一歩となりますように。

今日の熊日新聞に熊本県の「子ども・子育て会議」が開催されたとの報道がありました。この会議は、市町村においても設置の努力義務が定められており、大津町も9月にその設置が決まりました。

大津町子ども・子育て会議」はH27年度から予定されている「子ども・子育て新制度」に基づく町の取り組みの枠組みを決める大変重要な会議です。
新制度についてはまだあまり知られていませんが、1例をあげれば、「地域の保育所の定員枠を策定する」など、子どもの数が増え続けている大津町にとっては、特に重要な意味を持つ会議です。

この会議が11月1日に開催されています、というだけの話なら「ああ、検討が始まったんですね。」ということなのですが、これが、なんの広報もなく開催されてしまったのです。

この会議は極めて重要なものであり、私自身も重大な関心があることから、9月議会において「会議を公開とすること」を求め、町も「公開を原則とする」と応じていました。

これだけの重要性を持つ会議で、町も「公開を原則とします」と言っていたものが、広報誌はもちろんホームページでの予告さえなしに(つまり、いつどこで開催され、公開であり傍聴可能であることを知らせず)開催されてしまったのです。

担当職員に質したところ「そこまで気が回らなかった」との回答。冗談じゃない!!。その視点がないままに会議を進めようとしているのか。しかし担当者だけが悪いのではない。担当課長も担当部長も副町長も町長も、会議開催の決裁の中で、誰もそれを指示しなかったのか 情報公開はどうなっている!、(町長の言う)協働とはこういうことか!、「子育てに夢の持てるまち」のスローガンは寝言か!

こうした事例はこの件ばかりではない。そもそも、町はきちんと町民に情報を提供し、町政への参加を呼び掛けるという視点がないのだ

すみません、少し言葉が乱暴になりました。普段、怒り慣れていないので・・・。本来の紳士的な(笑)私に戻ります。

今日、ラジオで面白い話を聞きました。

野球でピッチャーはホームランを打たれた時、がっかりするのではなく、バッターがきちんと全部のベースを踏むかを確認する。それがピッチャーのルーティンだ。」という話です。いいですね。何が起こったときもその状況下で自分がやるべきことをきちんとやる。「凡事徹底」。大切なことですね。

大切な会議を開くとき、きちんとその情報を町民に伝える。これも大切なことですね。

担当職員は「次回はきちんとお知らせする」と約束してくれました。1月開催の予定だそうです。是非、傍聴に行きましょう。本当に大問題なんです。

9月定例議会の報告誌「協働の足音 Vol.3」が出来上がり、少しずつ配り歩いています。

少しずつ、配布の手伝いをして下さる方が増えてきて、今号は2500枚くらいは配れそうです。

ご協力に感謝します。まだ全戸に配布することはできませんが、協力者を増やしながら、できるだけ多くの方のお手元に届けたいと思います。

 

また、このブログでもPDF版をダウンロードできますので、是非ご覧下さい。

110 協働の足音Vol3_1 (1・4ページ) 
110 協働の足音Vol3_2  (2・3ページ)

(A3の見開きで作っていますので、ページ順が 異なります)

 

佐藤真二と協働のまちづくりを実現する会 会報誌
「協働の足音 Vol.3」
今号の内容
pin010_350 10分の10補助の罠
pin010_350 進むか? 学校へのエアコン設置
pin010_350 子ども・子育て会議
pin010_350 立野ダムは大津町にとって有効か?

 

 

 

 

昨夜、市内での講演会に参加し勉強させてもらったあと、大津町内のあるお店で一杯飲むことにした。その帰り、運転代行をお願いしたのだが、これまで「最低距離」ということで1000円だった代行料金が1300円になっていたのだ。アベノミクス効果か?

これまでの1000円は安すぎると思っていた。タクシーを使えば深夜料金で1600円程度になる。タクシーと運転代行ではコスト構造が違うことはわかるが、1000円ではあまりに厳しすぎるのではないか・・・、運転代行は2人で運行しているのに。この300円の値上げは受け入れるべきものだと思う。

もう一つ気になっていることは、代行をお願いしたときの待ち時間が以前よりずっと長くなっているということ。これはお客さんが多くて忙しいというより、代行業者が減っていることが原因だと聞く。

確かにあの格安料金ではやっていけないという気がする。撤退する業者も多いだろう。過当競争でダンピングしてしまえば市場が壊れ、サービス自体が成立しなくなってしまう。何にだって適正価格というものがあるはずで、人件費(賃金)のダンピングはあってはならないことだ。

 

公共工事に携わる職人さんたちの人件費単価には一定の基準がある。国交省が示している公共工事設計労務単価というもので、公共工事の設計費用の積算の根拠となるものだ。しかしこれは長いデフレや公共工事の削減の中で下がり続けてきた。普通作業員で、平成10年に約18200円(日額)だったものが平成24年には約12500円まで6000円近くも下がってしまっているのだ。しかし、平成25年度にはこれを約14600円程度までアップすることとなった。これには東北の復興需要に対する職人さんの不足という背景もある。
しかし、これはあくまで基準が引き上げられたというだけで、実際の職人さんの賃金にきちんといきわたるかというとはっきりしない。

 

似たような話がもう一つある。保育所の保育士の賃金の問題だ。

保育単価という基準がある。これは、保育する子ども一人あたりの保育費用として国が定めているもので私立保育園の場合、この金額をもとに自治体が保育園に負担金を支払っている。
この単価に中に保育士の賃金が含まれている。
待機児童対策のために保育サービスを拡充する必要があるが、保育士が不足しているという。多くの保育士資格者が低賃金での過酷な仕事を避け、他の職種についているからだ。
厚労省は保育士の賃金を引き上げる待遇改善で保育士を確保しようと、保育単価を引き上げた。これもきちんと保育士さんの賃金にいきわたるかはっきりしない。

 

どちらの話も「基準は変えたがその目的に対する実効性が担保されていない」というものだ。

今年度は災害復旧と地域の元気交付金で多くの公共工事が行われる。保育所も限界まで子どもを受け入れて頑張っている。

そこに働く人たちはきちんと報われているだろうか。

前回(7/14)の記事で美咲野の方から「厳しいご意見」をいただいたと書きましたが、その後、そのご意見について考えてみました。

いただいたご意見は、「議員の報酬は議会開催日数による日当制にすべきではないか」という主旨のものでした。ただし「こうやって報告誌を配ったり、一生懸命やっている議員と、何もしない議員がいることはわかっているが」との前提付きでのご意見ではありました。

議員の報酬の根拠は何でしょうか。金額の話ではなく報酬が発生する根拠のことです。議員という身分にもれなく付いてくる名誉的な特典なのでしょうか、それとも生活給なのでしょうか?

国会議員・県会議員・大都市の議員などはまた役割や活動、報酬額も違うので、町の議会として考えてみます。

少なくとも常勤職員ではありませんので、労働(時間)の対価としての給料はないことは確かです。

報酬という言葉どおり、労働報酬であればその労働の質・内容・量により算定されるべきでしょう。しかし議員活動は、議会等のフォーマルな活動を除けば議員自身の判断で行われるものでその内容・量も大きな幅を持っています。議会が「住民の意思を反映」するためには議員は常に住民の意見を聞き、また住民に自分の意見を伝えるという活動を続けなければなりません。このブログもそうした活動のひとつです。とすれば、議会開催日の「日当」という考えはまた違うと考えます。(日当制をとっている町もありますが、財政的な背景や、選挙にお金がかかりすぎるという事情もあるようで、広がりはないようです。)

この他にも、多くのことを調べ、考えたのですが、私の結論は、議員としての活動(主に時間)を保障する、というものです。

とすれば、大切なのはこの保障された時間をどれだけ有効に、町(町民)のために使い、成果を上げるかということになります。

私が民間サラリーマンの頃、自己評価と上司の評価をすり合わせた毎年の業績評価によりその年の給料が決まっていました。議員が他者の評価を受けるのは選挙の時だけです。それまでの間は常に「自分はきちんと議員としての仕事をしているか?」と自己評価し続け、報酬に恥じない仕事をしていかなければなりません。

当たり前のような結論になってしまいましたが・・・